2017年12月21日木曜日

教育の基本3 そんな「前文」に惚れました

改正前の教育基本法前文(昭和22年法律第25号)

 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
何と素晴らしい文言ではないか。この文言で教師は生きがいを見つけ全力で教育活動に取り組んだ。

平成18年に教育基本法が改正された。

一番意気に感じていた「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」が、「伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。」に変わった。 「なぜだ。」

 教育の力は怖い。教育の力にまっていては大変なことが起こるかもしれない。権力の力で伝統を忘れずに思う方向に推進していくべきである。「考えすぎですかね。」

明治維新で江戸封建社会が崩壊して、これまでの身分制度が通用しなくなった。新しい身分制度を構築するべく、大日本帝国憲法と教育勅語がセットになって公布された。

教育勅語が国君を父とし、母として臣民がこれに続く国家組織をつくろうとしたのに対して、教育基本法は教育の力によって、「人格の完成をめざす」という基本的人権としての教育権を高らかにうたったことは人権宣言として素晴らしいことである。


一つの法律だけをみても、なぜ改正したのかはわからない。次に続く法律の改正とつないで考察しなければ真意は分からないようにしくまれている。

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